東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1386号 判決 1981年7月16日
控訴人
熊木産業株式会社
右代表者
熊木喜八郎
右訴訟代理人
鷲野忠雄
被控訴人
吉田彦助
右訴訟代理人
鍋谷博敏
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における新請求を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一六〇万八九〇〇円及びこれに対する昭和五四年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二、三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠関係については、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における新たな主張)
一 被控訴人は、従前から訴外会社の代表取締役牧野昇、知人の東海林勝太郎と相謀り、訴外会社の資金繰りを図る名目の下に、訴外会社振出の約束手形を右東海林を通じて他で割引き、その取得金を訴外会社側と右東海林側とでいわゆる「半使い」することとし、訴外会社振出の約束手形を他に割引かせていたものであるが、他方、被控訴人は、訴外会社の監査役に就任して以来出社することも少く、法の定める株主総会へ提出すべき会計書類の調査、これについての株主総会への意見報告、会計帳簿、書類の閲覧謄写、取締役に対する会計報告の要求、会社の業務、財産状況の調査、定時総会へ提出すべき会計書類に関し取締役に対する監査報告書の提出その他会社に対する善管義務等の義務をつくさなかつたばかりか、訴外会社が昭和五三年九月頃から右牧野の乱脈、不正経営(融通手形の乱発、会社資金の使い込み等)により訴外会社の経営が危機に陥り、同年一〇月初め頃には、その営業権を他に譲渡するほかはない事態となり、同月末頃ついにその営業は停止され、倒産寸前の状況に立ち到つていることを知りながら、商法第二七六条の規定する兼職禁止の精神に違反し、相談役と称して訴外会社の資金繰り、手形振出並びに割引依頼、割引金授受等に関与し、右牧野の乱脈経営を助長したばかりか、訴外会社振出の手形を利用して訴外会社に対するみずからの融資金の回収に努めた。
本件各手形は、正に斯様に状況下でもはや満期に決済される見込のないことを知りながら、あるいはたやすく予見し得たにもかかわらず、右牧野らと相謀り従前からのパターンに沿つて振出されたものであつて、右東海林において裏書をした上、各振出日の頃控訴人を欺罔してその割引をなさしめるとともに、ついにはその不渡により控訴人に対し右手形金相当額の損害を被らせるにいたつたものである。
被控訴人の前叙の如き所為は、監査役としての任務の懈怠あるいはその職務を行うにつき悪意もしくは重大な過失があつた場合に該当するから、被控訴人は控訴人に対し商法第二八〇条、第二六六条の三第一項に則り右損害を賠償すべきである。
二 仮にそうでないとしても、被控訴人の右所為は、控訴人に対する不法行為を構成するものというべきであるから、被控訴人は右損害を賠償すべき責を免れないものである。
(控訴人の右主張に対する被控訴人の答弁)
否認する。
<証拠関係省略>
理由
当審も、控訴人の本訴請求は、これを棄却すべきものと判断するが、その理由については、左に付加するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。当審における新たな証拠調の結果によつても、引用にかかる原審の認定判断を左右することはできない。
(控訴人の当審における新たな主張について)
一控訴人の主張一は、その主張自体からして被控訴人の監査役の地位並びに職務に基づく責任を問うものであることが明らかであるが、控訴人主張の本件各手形があくまで訴外会社の代表取締役の手によつて振出されたものである(右事実は、<証拠>により認めることができる。)以上、それは右会社の業務としてなされた代表取締役の行為にほかならないものというべきであつて、監査役としての被控訴人の職務の範囲に属さない事項であり、この理は、仮に被控訴人が牧野らと相謀つて右手形を振出したとしても同様であるのみならず、代表取締役のした右手形振出行為につき監査役としての被控訴人の責任を問う余地のないことも前記特例法第二五条に徴し明らかなところといわなければならない。控訴人のこの点に関する主張は、それ自体当を得ないものというべきである。
二次に、控訴人の主張二につき検討するに、<証拠>によれば、被控訴人は知人である東海林勝太郎に対しその経営にかかる給食会社に対する原料、魚類、野菜類等の納入等に関する事業につき融資をはかつてやり、他方知人である牧野昇の経営する訴外会社の監査役に就任するとともにその資金繰りをはからつたり、時にはみずからも訴外会社に融資し、あるいは訴外会社の他からの債務につき連帯保証をする等のこともあつたが、訴外会社の資金繰りのため原判決別紙目録一ないし三記載の本件各手形が振出されるにあたつても、積極的にこれに関与し、みずから右東海林にその割引を依頼し、右東海林の裏書を経て右各手形の振出日の頃控訴人にこれを割引かせ、同目録一記載の手形については、昭和五三年一二月二三日その割引金五〇万八〇二四円をみずから受領して、これを訴外会社に融資するため親族から借入れた債務の返済に充て、同目録二記載の手形については、同月二七日金三五万円、同月二九日金一五万円の各割引金を自己の銀行口座に振込ませ、のちにこれを訴外会社に入金し、同目録三記載の手形については、昭和五四年一月二四日その割引金四五万四九五〇円を訴外会社の従業員島貫某に命じて受領させる等監査役としての職務をつくすよりもかえつてその範囲を越えた各種の行為に及んだこと、又、右各手形を控訴人に割引かせた当時、訴外会社が経営難に陥り、その営業権等を他に譲渡することも検討されていたことを被控訴人においても承知していたこと、その後昭和五四年二月五日頃訴外会社が手形の不渡処分を受けて倒産し、右各手形も不渡となるにいたつたことが認められるのであるが、以上の事実によつてはいまだ被控訴人が控訴人主張の如く前記牧野の乱脈、不正経営を助長し、さらには同人並びに前記東海林らと相謀つて右各手形の決済見込のないことを知りながら、もしくはこれを予見し得たにもかかわらず、あえて右牧野にその振出をなさしめるとともに、控訴人を欺くなどしてその割引をなさしめるにいたつたものと推認するには足りず、他に右の点を認めるべき証拠もない。
よつて、控訴人の被控訴人に対する不法行為を理由とする損害賠償の請求もまた失当というほかはない。
以上の次第で、控訴人の監査役の責任に基づく請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、不法行為に基づく請求は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(杉田洋一 中村修三 松岡登)